Spirit of Healing

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創造性

JUNO、間も無く1歳半
何時の間にか言葉も増え、軽く会話できるようになってきた

1ヶ月前位まで「だっち~」(抱っこ)と言っていたのが
「抱っこ~」となり
気付いたら「ママ、抱っこして!」になっていた

ある時、出先でJUNOに、ミニカーのバス(←お気に入り)を与えた
すると突然
「ママ~、京急(京急線のミニカー)ある?」と普通に言われ、
「あっ・・・、あるよっ;(こいつ、いつの間にこんなにしゃべれるようになったんだっ!!??)」とうろたえてしまった

授乳するにも、何故か「おっきい方のパイパイ(多分良く出る方のこと)、ちょーだい!」と指定されるし
「こっちも飲んで~♪」と反対側のおっぱいを出すと、「違う!」と断られるし

言葉の成長とともに、知能も発達しているのだろう
頭の中はどんなになっているのだろうと思ってしまうほど、その行動や言動は面白い

シュタイナーの教えでは、7歳まではファンタジーの世界に住んでいるのだと
だから、その空想の世界を壊さないように、何事にも接してあげるのが大切なのだそう

JUNOの毎日は正にファンタジーだ
朝起きると、寝室のお猿さんのお人形に「おはよ!」と挨拶するところから始まり、
寝室からリビングへ続く廊下は、たちまち線路に早変り
「シュッシュッポッポッ シュッシュッポッポッ 次は~○○(最寄り駅の名前)」とJUNO電車

そして最近流行っているのはおままごと
それもある日突然始まった

キッチンの引き出しから引っ張り出したタッパーに、色々小さなおもちゃを入れて
「できた~!」と

「何を作ったの?」と聞くと
「おにに!(お味噌汁)」

「ママ、あちち」と持ってきて、フーフーしてくれた
「あら~美味しそうね~いただきま~す!」
嬉しそうに、自慢げに鼻を膨らませ笑うJUNO

もう、ママは感動の嵐!
おもちゃのスプーンで「まぜまぜ、ぐつぐつ」と言いながら作り
何やらとっても忙しそうに色々な入れ物に入れたり出したり
蓋をしたり、調味料を入れる真似をしたり
本当に、いつの間にできるようになったのかしら

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あぁ、この入れ物をこんな風に使うのね、とか
なるほど、このおもちゃはこんな使い方もできるのね、とか
感心してしまうほど、私の方がJUNOから教えてもらっている

それは、創造性

彼の無限の創造性
将来、彼の宝になるだろう能力

生きていく上で道に迷ったとき
何かを選択するとき
可能性の幅を広げ、行動し実行する強さを与える
あらゆる局面で人生を切り開くのは、創造性だ

その芽を摘むことなく、自由に羽ばたかせてあげたいと、
JUNOが再び作ってくれた”イモ”をフーフーしながら思った

今日は公園のベンチが石屋さんになり
「いらっしゃいませ~ひゃくえ~ん!」と

明日は何の世界で遊ぶ?
楽しみだね~JUNO☆
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by riho_yng | 2009-12-14 15:51 | 育児

命の源

この2年ほど、食について考えていた
以前から自己流で行っていたが、妊娠をきっかけに真剣に考えるようになった

アロマテラピーやホメオパシーや、その他沢山の素晴らしいヒーリングがあるが
まずあるべきは”健康であるために出来ることをすること”
食は、その一つだ

そもそも”健康”とは何なのか、というと、壮大なテーマとなってしまうが
”ありのままの自分でいられること”ということなのかも知れないな

心が健康でなければ、ありのままではいられないし
体も然りだ

ちょっと鼻が詰まるだけだって、心も体もけっこうしんどいのだ
たまには”毒出し”も必要だが、頻繁だったり、慢性化してしまったら、本当に苦しい
人格だって変えてしまいかねない

こんな事があった
妊娠して以来、全く摂らなくなったカフェインを久し振りに飲んだ
30分ほどして、鼓動が妙に早くなった
同時に何かにせかされている様な気持ちになり、ややハイになっていることに気が付いた
数時間して、今度はとてつもない倦怠感に襲われた
早く何かを食べなければ堪えられないほど、エネルギーが落ちた状態になった

大袈裟ではない

確かに自然療法に携わってから、カフェインを常用することは無かったが、数日に一度はいただいていたし
OL時代は一日3杯以上、毎日摂っていた

慣れというのは恐ろしいものだ
当時は全く何も感じなかったのだから(実際体や無意識レベルでは、様々な変化があったのだろうが)
抜いてみて久し振りに口にすると、その食べ物が心と体にどんな影響をもたらすのか、良く分かる

食の影響は、もちろん子どもにも正直に現れる
自分で食べ物を選べない子供達にとって、親や周りの人間の責任は重大だ
食は、命の源を作っているのだから

例えば、”この食べ物は体に良い”とされるものであっても、摂り過ぎれば害になるし、摂り方も重要だ
体を温める必要がある時に、冷やすものを摂ってしまっては体調を崩してしまうし、逆もまた然りだ

温めるもの、冷やすもの
緩めるもの、締めるもの
ある臓器に働きかけるもの

食べ物には、それぞれ役割がある

しかしながら食に関する考え方は本当に様々だ
どれも、誰かが実践して効果的であると感じたものであるのだろう
だから、どれが正しくどれが間違っているとは、簡単には言い難い

大切なのは、それらを自分で試してみて、実際どう感じ、どうであったかということだろう
自分という人間が何十年か生きてみて、結果どうであったか

頑なになり過ぎず、柔軟に、しかし芯はぶれずに

全てにおいて言える事かもしれない
それもそのはず、食はその人の生き方そのものが現れるのだから

そして、子供たちのその基盤を作っていくのは、私達大人なのだ
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by riho_yng | 2009-12-10 16:55 | 育児

IFA認定アロマテラピストRIHOの徒然日記 ホメオパシー校を卒業し二人の子供とナチュラルな日々を楽しんでいます☆国産エッセンシャルオイルのトリートメント「和のアロマテラピー」サロンも始めました


by riho_yng